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 私は、学生の頃から引っ込み思案で、自分の気持ちを表すのが苦手だった。

そんな自分を変えたくて、敢えて厳しい環境に自分を置こうと、一人東京にやって来た。まぁ、高校からの友達である莉奈も東京に来ているけれど。

私は、都会に揉まれながらも何とか生きている。けれど、引っ込み思案という性格は、なかなか治りそうもなかった。

 

夏の東京の夜。私は一人、自宅マンションでテレビを観ていた。今夜はたまたま、憧れている俳優の出ているドラマが放送日だったから、用事も済ませ、テレビの前にスタンバイしていたのだ。

私は原田美野里。大阪からやってきた25歳だ。今は東京のモデル事務所で事務の仕事をしている。仕事は楽して、、毎日が充実している。していると思っていた。

 さて、今私が観ているドラマに出演している「大和」が、私は大阪にいた頃から好きだった。10代からドラマに出ていて、演技も飛び抜けていた。彼の出ているドラマは欠かさず観てきたのだ。遠い遠い存在だけれど。でも、例え会えなくても、こうして映像で観られるだけで良かった。

このドラマで大和と共演している俳優が浅木陸だ。彼自身がどうということではないけれど、ただ、何となく似ているのだ、何となく。私を手酷く振った人に・・・。その人にも、恨みがあるわけではないけれど、忘れられない。だから、浅木陸を観ると、思いだしてしまうのだ。でも、私は悩んだけれど、このドラマは観ていた。陸が出てくると、少しだけ胸がチクっとするような気もしないでもないけれど、気付かないふりをした。

 

 私も、現実の恋をしたいと思ってる。もう25だし、このままでいたくはない。でも、一歩前に進めないでいたのだ。再び傷付くのを恐がっているのだ。それも、自分でもわかっているのだけれど・・・。

 

 一週間後、仕事で撮影現場に出向くことになった。こういうことは、度々あった。でも、今日はいつもと違う展開になってしまったのだ。 

 

         「あ、君、スタッフ?」

 初めて一緒になったカメラマンさんに聞かれる。

         「私は、事務所の者です。」

         「あー。そうなんだ。ねぇ。ちょっと雑誌に載ってみない?」

         「は?」

 

 一瞬何のことかわからなかった。

         「君を撮りたいんだ。」

         「私は、モデルではありませんから。」

         「いいんだよ。情報誌の一部だからさ。」

         「で、でも・・・勝手に載れません。」

         「ん~。じゃあ、許可貰ったら、撮らせてくれる?」

         「え?あ、そんな・・・」

 正直焦ったけれど、カメラマンさんは私の上司に聞きに行ってしまった。

         「いいって!OK貰ったよ。」

 5分後、戻ってくるとそう言ってカメラマンさんは、満面の笑みを浮かべた。どうしよう。私雑誌に載っちゃうの?上司も、なぜ許したんだろうか・・・。

言われるがままに着替えをさせられ、撮影される。他のモデルさんが撮影する所は観たことが何度もあるけれど、自分が撮られるなんて、思いもしなかった。この状況が信じられない。しかし、これを機に、私の運命は変わっていく。

 

 

 一ヶ月後、とうとう私が撮られた写真が載るという雑誌の発売日。出来あがった雑誌を見てみた。私の笑顔は、やはりぎこちなく感じてしまう。いつもモデルさんをみているのに、自分でやるとなると、全く駄目だ。上司や同僚に冷やかされた今回の写真は、とある商品の広告だったけれど、私が載って、PRになるとは思えない。地味な私が・・・。

 

 

 その頃、浅木陸はマネージャーさんと、コンビニに立ち寄っていた。そして、私の載った雑誌を手に取った。俳優の彼がなぜ情報誌なのかはわからない。そして、どんどんとページを捲り、途中でぴたと止まる。なんと、私の出ている広告のあるページだった。

           「ねぇ、鹿野さん!この子、誰か調べられる?」

           「え?どの子?」

           「この子だよ。」

 陸の指さす先には、キッチン用品を持った私の写真があった。

           「え?この・・・子?なんで?」

           「俺、この子に会いたいんだよ。絶対に!」

           「あなたなら、他にもっとかわいい子いるじゃない。」

           「いや、確かに、一見普通に見えるけれど、広告に載るくらいだ。俺はこの子がいい!頼む、鹿野さん!」

           「しょうがないわねぇ。わかった。捜してみるわ。」

           「ありがとう。恩にきるよ。」

 

 陸のマネージャーは、雑誌の出版社などをあたり、ついに私を突き止めたのだった。

 

           「陸?あの女の子の事がわかったわよ。」

           「本当?ありがとう。さすが鹿野さんだ!で、誰だったの?」

           「モデル事務所で事務やってる子で、原田美野里というそうよ。」

           「モデル事務所?」

           「えぇ。年は25歳ですって。あなたより上ね。」

           「年は関係ないっ!でも、なんで事務の人が載ったんだろうな。」

           「ん~。そうね。カメラマンたっての希望だったって話よ。」

           「ふ~ん?目の付けどころが俺と一緒だな。さて、これからどうするかな。」

           「あまり目立つ事しないでちょうだいよ。」

           「わかってるよ。」

 

 次の日の昼、御飯の調達をしようと会社を出た所で声を掛けられた。

           「原田美野里さん?」

 声のする方に顔を向けると、そこにはサングラスをして帽子を深く被った男の人がいた。

一体誰なのだろう。

 

                                                                                 2

 

私は会社のビルの前で男に声を掛けられたのだった。

           「どうも。はじめまして。」

 そう言って、サングラスと帽子を取ったその人は、紛れもない、浅木陸だった。私は茫然としてしまった。東京に数年居るけれど、今まで、芸能人はモデルしか会ったことがなかったし、陸が目の前にいることが信じられなかった。

           「え?」

 私は素っ頓狂に返した。目は陸を凝視していた。

           「突然現れてごめんなさい。俺、浅木です。浅木陸。」

           「し、知ってます。」

           「あ、そう?・・・ホント突然で悪いけれど、ちょっと付き合え

ませんか?」

           「へ?」

           「お昼、食べますよね?一緒に、どうですか?」

           「あ、あなたと?」

 驚きで返答にも困る。どうしてこうなったの?

           「そうですよ。じゃ、近くにカフェあるみたいなんで、行きましょう!」

 そう言うと、またサングラスと帽子で変装をし、私の腕を引く。強引だけれど、優しい手だった。

 

 

 カフェに着き、席に座ると、陸はサングラスを外した。帽子は、用心のためか、被ったままだった。私はコーヒーを取り敢えず頼んだ。この状況で食べ物は食べれそうになかったのだ。彼の方は、コヒーに加え、ホットサンドも頼んだ。

           「強引ですみません。」

 最初に切り出したのは、陸だった。

           「あ、いえ・・・」

           「雑誌で、あなたを見て、会ってみたかったんです。どうしても。あ、楽にしてくださいね。」

           「私に、ですか?」

           「はい。あなたはモデルじゃないんですよね?でも、なんというか、

ただ、いいなって思って・・・それで、あなたのことを、探してもらったんですよ。」

           「え?私、そんな風に思われるような女じゃありません。そこまでしてもらうなんて・・・申し訳ないというか・・・。」

           「いや、そんなことないです!自信持ってください!」

 そう熱意を込めたように言われ、私は顔が熱くなってしまった。彼は彼で、顔を赤くしていた。

でも、私はそんな事初めて言われたし、信じて良いのかわからなかった。まして、芸能人に・・・

私は、大阪にいた頃に、好きだった先輩に酷く振られた経験を持つ。その時に言われたのが、「お

前は地味だよな。いても気付かないかも。」だった。

 

           「私、こんなこと言われたの、生まれて初めてです。」

           「そうなんですか?十分かわいいですって!」

           「・・・あ、ありがとう・・・」

 なんだか、気まずい空気が流れようとした時、陸が聞いてきた。

           「美野里さんって、もともと東京の人なんですか?」

           「いいえ。地元は、大阪です。」

           「え?本当ですか?奇遇やなぁ。」

 突然、陸の口調が変わった。何が起こったのかわからなかった。

           「はい?」

           「俺も、大阪やねん。なぁんだ~。そっか~。嬉しいなぁ。」

           「あ、そ、そうなんですか?」

 あまりの変わりように、面を食らった。ちっとも知らなかったのだ。紺野陸が大阪人だと。理由は、関心がなかったということなんだけれど。

           「でも、なんで標準語なん?」

           「あ、いえ、なんとなくです。だんだん、標準語で慣れたって所です。」

           「へぇ~。俺もこっちにいる時は標準語なんや。役も、標準語がほとんど

やからな。でも、何でこっちに来たん?」

 そのことは、初対面の彼に、話そうかどうか迷った。

           「それは・・・自分を変えたかったからです。」

           「そっか。色々あんねんな。」

           「えぇ・・・。」

その場の空気がしんみりする。それ以上聞かないでくれたのは、有難かった。私は黙ってしまい、コーヒーをすする。陸は、それを黙って見つめていた。

           「なぁ、俺と居る時は大阪弁でしゃべってくれへん?」

           「え?」

           「せっかく同郷なんやし、な?頼むわ」

 そう言って陸は、パンと音を立てて両手を顔の前で合わせる。

居る時って、今の事?それとも、これから先も、会うことがあるってこと?私にはわからなかった。

           「わ、わかりました。」

           「それそれ、直そうや。」

 陸は笑う。

           「あなたのように、すぐにはできません。」

           「ん~。まぁ、ほんなら、ぼちぼちな!」

 

 素顔の陸の笑顔は柔らかくて、温かい感じがした。私は、何故か心も溶けていくようだ。

 

 しかし、私の休憩時間も制限がある。もう既に12時50分。そろそろ戻らなければならなかった。名残惜しい気もしたのだけれど。

          「あの、私、そろそろ行かないと・・・」

          「あっ!しもた!そうやな~。すっかり忘れとった~。早いなぁ。」

          「えぇ。私も、あっと言う間でした。」

          「ほんなら、今度の日曜、公園でドラマのロケするんやけど、

見にこうへん?」

          「へ?ロケ?」

          「そうや。次のドラマ撮ってんねん。な?見に来てな?」

          「え、えぇ・・・」

 サングラスを掛けた陸と店を出る。

          「今日は楽しかったわ。ありがとう。」

          「あ、私も、です。びっくりしましたけど。」

          「ははは!じゃ、また日曜にな!」

 そう言って、陸は去って行った。また・・・またがあるのか・・・私は考えていた。特別好きなわけではなかった陸との1時間は、あっと言う間に過ぎ去っていった。陸の知らない面を見て、私はドキドキする心に気付いていた。どうしてなんだろうか。そう思いを巡らせていると、オフィスの前に着いていた。

コーヒーしか口にしなかった私は、午後、お腹がすいて仕方がなかったのだった。

 

 

                                                                                                 3

 

 次の日曜日、私は高校からの友達の莉奈を誘い、撮影を見に行くことにした。話した時、初め莉奈は、とても怪しんだ。当然だ。芸能人が突然現れてカフェに連れて行かれたのだから。でも、私が、そんな悪い人ではないと説得し、なんとか一緒に行くことを、承諾してくれたのだった。

          「なんで美野里なんやろうね~。」

          「知らんわ。でも、とっても明るい人やったで。」

 私は、この東京では、唯一莉奈の前でだけ、関西弁で話している。

          「ふ~ん?でも、本性かどうかわからんやんか!」

          「でも、なんか、あの人は、大丈夫な気がする。」

          「美野里~。ホンマなん?信用できるん?」

          「うん。うち、わかんねん。陸は優しい人やよ。」

          「しかし、変なもんやね。美野里、紺野陸って、好きやなかったやん。それに、

          あんたが他の人とカフェに行くのも、珍しいし。」

          「強引やったんやもん。」

 

 あれこれ話していると、言われていた公園に着いた。少し大きい公園だったので、どのあたり

で撮影しているのかと思い、探してみる。少し歩くと、噴水の前に人だかりができていた。どう

やらそこで行われているらしい。

          「あ、あそこやね。」

          「うん。ちょっと人多いね。見えるかなぁ。」

          「どうだろう?ってか、撮ってるドラマって、またあんたの好きな大和も出るんかな。」

          「それは、聞かなかった・・・」

          「あらら。駄目やん。」

 

 人だかりの中に混じると、ちょうど陸が見えた。陸の出番のシーンを撮っているらしい。離れ

た所には、大和がいる。それに気付いた私は、鼓動が速くなる。あんなに憧れた大和が、目の前

にいる。やっぱり、嬉しい。夢の中の人のような気がしていたし、本人を見れる日が来るとは思

いもしていなかった。本人は、テレビの中よりもずっとずっと素敵だった。でも、それでも、な

ぜか陸が気になる。演技をしている陸に目が行ってしまう。なぜだろう。前から、大阪にいた頃

から好きだったのは、大和なのに・・・。

 

 大和と陸は、年齢は違うけれど、なにかとライバル視されてきた。本人同士も、10代からお

互いライバルとして高め合っていて、共演も多い。二人の共演したドラマは、人気作がばかりで、

シリーズ物によくなっている。

 

 1時間ほど莉奈とああだこうだと言いながら見学していたら、休憩に入ったらしい陸が私に気

付き、近付いてきた。周りには他の陸のファンの子達もいるので、その視線が気になってしまう。

           「お~!来てくれたんだね!あ、お友達?」

           「・・・えぇ、そうです。大阪の頃からの友達です。」

           「へぇ!初めまして!紺野陸です。」

           「あ、はじめまして。莉奈です。」

 声のトーンを少し落として聞いてみる。

           「あの・・・大阪弁は?」

           「あぁっ。うん。周りに人も大勢いるしね。撮影の間だし。標準語でね。」

 そう言って陸は笑った。

           「そう、ですか・・・」

 なんだか私は照れ臭くなった。そして、それと同時に居たたまれなくなる。周囲の女の子の目

がこちらを向いているのがわかるから。普通は、俳優さんはこうやって一般人に話しかけないだ

ろう。陸は、少々気さくすぎると思った。

           「ねぇ。俺の生芝居どう?」

           「あ、えぇ。やっぱり、若いのに凄いなって思います。ベテラン俳優さんにも引けを取ってませんよね。でも・・・。こうやって私達と話していて、大丈夫なんですか?かなり見られてますけど・・・」

           「ははっ。本当だね。まぁ、本当はダメだね。でも、なんでだろう。あなた達とは話していたいかなって。」

           「え~?」

           

 話していると、また脇から話しかけられた。

           「あれ?陸何してんの?」

           「あ、大和さん。」

 陸の視線の先を振り返ると、大和が笑みを浮かべて立っている。私は驚きで硬直してしまった。

           「そんなに固まらないで。なぁ、陸。この子でしょ?言ってたの。」

           「あぁ。そうですよ。邪魔はしないでくださいね。」

           「邪魔?随分だな、お前。」

 私は何のことかわからなかった。けれど、陸は大和に敵意をむき出しにしているし、大和はど

こか面白がっている気がする。私は、変化に取り残されているようだ。

 束の間の休憩の後、さらに1時間撮影は続いた。準備などもあるし、放送される時間はさほど

ではなくても、撮影は時間がかかるということが、わかった。特に今は夏だし、関わる人たちは

皆大変なんだなと感じた。陸も大和も、頑張っているのだ。そんな姿を見て、私は華やかなだけ

が、この世界ではないのだと知った。

 

 

 ほどなくして撮影は終了した。すると、また陸が掛けてくる。炎天下での撮影だったのに、と

ても元気だ。大和もこちらを見ていることに、私は気がつかなかった。

 

           「今日はわざわざありがとう。まぁ、誘ったから、無理してきてくれたんだろうけどさ。嬉しかったよ、来てくれて。

                             お友達も。」

           「いえ。そんなこと・・・」

           「ねぇ。また、会えないかな。」

           「え?」

 隣にいる莉奈も口をぽかんと開けている。信じられないと言わんばかりだ。

           「また会いたいんだ。」

           「でも・・・」

           「・・・ちょっと、いいかな。」

 凄く真面目な顔になったと思ったら、陸は私の腕を掴み、隅に連れて行ってしまう。莉奈に「少

し待っててもらえますか。」と言いながら。

           「やっぱり強引ですね。」

           「ごめん。次の約束が欲しかったんや。」

           「紺野さん・・・」

           「陸でええよ。なぁ、いいやろ?会ってや。頼むから。」

           「なぜ、私なんですか?面白がってるんですか?」

           「ちゃう!あんたやからやろ!・・・な?俺、丸一日休みってあんまないねんけど、半日、いや、一時間でも、

                             会うてくれへんかな。あんたが空いてる時間、俺にくれへんかなぁ。」

 一生懸命さが伝わってくる。ここまで言われると、私も断りきれない。

           「・・・私、大体日曜は空いてますよ。まぁ、たまに仕事が入る時もありますけど。次は空いてます。」

           「日曜か・・・。確か午後から夜にかけては空いてたな。ほな、午後から会わへん?」

           「え?・・・はい・・・。わかりました。」

           「よっしゃ!決まり!行きたい所とかある?」

           「いいえ、特にないです。」

           「そっか~。んじゃ、映画観にいかへん?」

           「映画?」

           「うん。嫌い?」

           「いいえ。そんなことありませんけど。」

                            「今ちょうど観たいのがやってんねん。アクション物なんやけど。

            あ、やっぱ、女の子は恋愛物の方が好きなんかなぁ。」

           「え、恋愛物!?あ、でも私はアクション好きですよ?」

           「ホンマ?結構以外やなぁ。大人しそうやから、そういうの観いひん気してたわ。」

           「良く言われます。」

           「はは。んじゃ、日曜に、映画行こな!」

 半ば押し切られ、また会うことになってしまった。とは言え、まんざら嫌ではない自分がいた

のだけれど・・・。

           「莉奈、待たせてごめん!帰ろうか。」

           「うん。・・・なぁ。何の話してたん?」

           「え?あ、うん。また、会いたいって言われて、映画観に行くことになった・・・。」

           「は?大丈夫?相手は芸能人やで?気を付けた方がいいと思うけど。」

           「分かってる。遊びかもって思てるし、構えてはおんねん。でもな、彼は誠実なんやないやろかっても思ってる。」

           「美野里・・・。ホンマ、気ぃ付けや。」

           「うん。ありがと。」

 

 私は、陸が信じられる気がしたのだ。何の根拠もないけれど。

 

 

 

                                                                                   

 

 

 一週間後、映画の約束の日だ。いくらか楽しみではある。待ち合わせ場所に着くと、まだ陸は

来ていなかった。しばらく待つと、彼は慌てた様子でやってくる。

           「ごめん、遅くなった!」

           「いえ。大丈夫ですよ。そんなに待ってないし。」

           「そう?前の仕事が押してもうてな。めっちゃ焦ったわ。」

           「開始に間に合ったし、大丈夫ですって。お仕事

大変ですね。」

           「まぁ、好きでやってるからな。」

 陸の焦りように、私は少し笑ってしまった。

 それから二人で、陸の観たがっていた映画を観て、夕食を食べることになった。夜からも仕事

があるのだという。私達は普通のファミレスに入った。陸が希望したのだ。『庶民的なんだな』

と感じた。

           「ほんまは、きちんとしたレストランとか行ったら

よかったんやろけど、ごめんな。」

           「いいんです。私も、その方が気取らなくていいです。」

           「あんなぁ。そろそろ敬語やめへんか?俺だけ

タメ口って・・・。」

           「あ、ご、ごめんなさい。」

           「イヤ、でもなんか、距離感じんねんなぁ。」

           「距離・・・?」

           「あぁ、気にせんといて。」

 何故か陸は焦りだした。何だろう?

           「そう言えば、陸さんっておいくつですか?」

           「へ?あ、知らんかったん?」

           「ご、ごめんなさい。」

           「う~ん。てっきりプロフィールくらいは知ってて

くれてるかと思ってたんやけど・・・。」

           「申し訳ないです。」

           「いいよ。俺は今23歳。」

           「え!?23?」

           「なんで驚くん?」

           「え?あ、その・・・。」

           「自分より年下やからとか?」

           「な、何でわかるんですか?」

           「なんでやろね?」

           「そんなのわかんないです。」

           「言ったやん。探したって。そん時に、美野里さんの年

                        もわかっとった。」

           「そ、そうだったんだ・・・。」

           「ごめん。勝手に探して調べて・・・。でも、何度も

                         言うようやけど、ホンマ、あんたと会いたかったんや。」

           「陸さん・・・」

           「そやから、俺年下やし,敬語使わんでいいよ。

                          まぁ、大阪弁でしゃべってくれたら尚嬉しいけどな。」

 陸はそう言って笑う。

           「そや。まだ連絡先知らんかったなぁ。交換しよ?」

           「あ、うん。そう・・・だね。」

 一瞬、「気を付けや」という莉奈の言葉が頭を過った。けれど、大丈夫。悪い人じゃない。わ

かるから。

言われるままに連絡先の交換をし、流れで次の約束をした。何故自分はこんなことをしている

のだろうと思うけれど、次を楽しみにしている自分もいることは、確かだ。

陸は、私が基本土・日が休みなら、なるべく時間を空けるようにするから、とまで言ってくれた。

別に、付き合っているわけでもないのに・・・。でも、気持ちは嬉しかった。

 

 

ライバル!?出現

 

 次は遊園地に行った。陸はきちんとエスコートしてくれるし、私達は恋人同士ではないかと錯

覚してしまいそうなくらいだった。それに、時間や日々の生活を忘れてしまう程、楽しかった。

陸の大阪弁が移ったのか、私まで大阪弁になっていたのに気付いたのは、帰る頃だった。遊園地

を出てから、前の様にファミレスで食事をして別れる時、その日が楽し過ぎたので、名残惜しく

て仕方なかった。楽しい時間ほど早く過ぎてゆくということを、初めて感じたかもしれない。「ま

たな」とその時も彼は言ってくれた。その言葉が、私は嬉しかった。

 

 遊園地に行った数日後、夜7時頃に仕事が終わり、会社を出ると、外に人が立っていた。夜な

のにサングラスを掛けている。独特な雰囲気もある。陸?・・・違う。サングラスを外したのは、

大和だ。私は、驚きすぎて声も出ない。

          「お疲れさーん。」

          「な、なんで、あなたがここに・・・?」

 私はようやっと言葉を絞り出す。

          「え?あー、うん。陸が、最近君に執心中だって

聞いたから、一体どんな 子か、もっと知りたいなと

思ってさ。」

          「そ、そんなんじゃ、あ、ありませんけど・・・」

          「この前もロケ、来てたよね?アレ、あいつが

誘ったんだよね?」

          「別に、深い意味とか、ないと思いますから・・・。」

          「そうかなぁ?ねぇ。俺、お腹空いたんだけど、君も

まだでしょ?これから一緒に食べに行かない?」

          「え?でも・・・」

          「いいじゃない。ね?行こうよ。行きつけの店があるんだ。」

 大和は強引に私を引っ張って行った。10分後、着いたのはおしゃれな感じのレストラン。私

は店の前を通ったことはあったけれど、中に入ったことはなかった。私のオフィスの近辺は、割

と飲食店が多いのだ。

席に着き、改めて店内を見渡すと、やっぱり内装もおしゃれで良い雰囲気だ。割と混んでいて、

空席の方が少ないくらいだった。座れたのはラッキーだったかもしれない。つい先ほどまでは、

大和とこんな店で食事をすることになるなんで、思いもしていなかった。今もドキドキはしてい

るけれど、それほどでもない。本当なら、舞い上がって仕方ないはずなのに・・・。やっぱり、

大和は芸能人だし、こういう店に来るんだと考えていたら、陸なら、きっとファミレスに行きた

がるのになと、ぼんやりと思った。

それから、大和は私に色々話してくれたけれど、私は、生返事を返すばかりで、あまり頭に入ってこなかった。陸とのことも聞かれたけれど、何を聞かれ、どう答えたかは覚えていない。ワインを少し飲んだから、酔ったのだろうか。

 

 それから数日後、職場に女優の佐伯優花がやって来た。仕事のことかと思ったけれど、違うらしい。彼女は、私に用があるという。最近、どうしてこう、芸能人が私の前に現れるのだろう。心が付いていけない気がした。

          「あなたが、原田美野里さん?」

 優花は少々怒っている様だ。でも、なぜ?

          「最近、陸と会っているんですって?」

 あぁ・・・やっぱり陸がらみか・・・

          「え?何のことですか?」

          「とぼけないで。知ってるわよ。今、時間とれないかしら?」

          「あ、あの、私仕事中なんですけれど・・・。」

          「あぁ、そうね。でも、私もあまり時間がないの。早くしてくれない

                          かしら。」

 なら、来なければいいのにと、思わないでもなかった。

          「わかりました。上の者に聞いてきますので・・・」

 本当は、席を外すことはできるわけではないのだろうけれど、なにせ、彼女の言うことだ。上司も許してくれた。できれば、許可してほしくなかったかもしれない。何を言われるか何となく想像できるから。

優花は私をオフィスのラウンジに連れてきた。迷うこともなく辿りついたので、前にもここに来たことがあるのだろうと思った。

しかし、優花がこんなに気の強そうな人だとは思わなかった。

          「陸が、あなたを気に入って、探しだしたんですってね。ほんの

                           ひとつの写真で。」

          「気に入ったというか・・・気まぐれじゃないでしょうか?」

 私は、そうは思いたくなかったけれど。

          「そうよ。気まぐれに違いないわ。どれだけの女かと思ったら・・・。大和もあなたに会ったと言っていたから、来てみたんだけど。ホント、普通じゃない。」

 それは、私が良く分かってる。

          「・・・」

          「私、ずっと前から陸が好きなの。必死なのよ!あなた

みたいな女が、陸の前うろちょろしないで!」

 そう言われても、困る。困るのだけれど、彼女は、言うだけ言うと、さっさと行ってしまった。

残された私は、間抜けだ。ぽつんと座る私は、彼女の言った「気まぐれ」という言葉が頭の中を

駆け巡っていた。そうか。優花の言うとおり陸にとって、私はきまぐれなのだろうか。前にも思

ったように、単に面白がっているだけなのかもしれない。そう考えると、気分が沈んで来る。け

れど、陸の一生懸命さは、嘘ではないと信じたい。・・・信じたい?私が陸を?  それでは、

私が陸を好きみたいだ。それから、私はその先を自分の中で追及することをやめた。

仕事に戻ると、上司に「何の話だったのか」と聞かれ、とても焦った。「個人的な話です。」

と取り敢えず言ってみると、少々納得いっていない様子だったけれど、それ以上追及されなかっ

た。

 

 

 

         「え?」

         「いや、こっちの話し。そうだ。君の連絡先も教えてよ。」

         「ダメです。すみませんけれど、それはできません。」

         「なんで?」

 また、大和の機嫌が少々悪くなった気がした。

         「その・・・あまり気軽に、人に教えないようにしてるんで・・・」

         「へぇ。そうなんだ。君らしいね。」

 わかってくれただろうか。実際、私は、むやみに人に教えることはしない。

         「すみません。」

         「いいよ。でも、そうなれば、俺も君の会社に通わなきゃいけなくなるけど?」

         「それは困ります。会社の者に知れたら、まずいですし・・・」

        「じゃ、どうやって君と連絡取ったりすればいいの?」        

 そんな事言われても・・・私にそんな気はないし・・・大和って、こういう人なんだろうか・・・

私は、どうすればいいのだろう。

「あなたと、親しくするつもりはありませんので。」

 そうきっぱりと言えた自分に驚いた。

         「美野里さん・・・冷たいこと言わないでよ。」

         「でも、無理です。ごめんなさい。」

 これが大和という人なら、私は悲しかった。ずっと憧れた彼の、本当の姿を知った気がしたから。私は、大和を美しく捉え過ぎていたのかもしれない。

けれど、大和は私と、仲良くしたいと本当に思っているのだろうか。謎だ。仲良くなって、それからどうしようというんだろう。私が大和を拒絶するのは、陸の存在があるからだ。私には陸がいるから、大和とは会えない。じゃあ、陸がいなかったら、大和とのこの先を、私は望むのかというと、どうなのだろうかと、考えてしまう。私の中の、彼の印象が、変わってきている。

         「どうしても?」

         「はい。すみませんが。」

         「わかったよ。今日は、引き下がるよ。でも、諦めないからね。」

         「大和さん・・・。」    

 美野里はどうしていいかわからなかった。

 

 

                                                                                                                              to be continude

 

       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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